元プロ野球選手が熱血指導!
GXA野球教室 神奈川・瀬谷校

コーチ・スタッフ

深田コーチ

ヘッドコーチ

深田 健成

明豊高 → 東京国際大
 
大分・明豊高では副キャプテンとして夏の甲子園ベスト16進出。内野手として、大会史上7度目のトリプルプレーを成立させた立役者の一人。東京国際大では、キャプテンとして200人の部員をまとめ、内野手としても活躍。大学卒業後、資格関連の会社を経て当社入社。

前田コーチ

スポット投手コーチ

前田 幸長

福岡第一高 → ロッテ → 中日 → 巨人 → レンジャース3A
 
 
福岡第一高のエースとして、88年に春夏連続甲子園出場し、夏の甲子園では準優勝。同年、ドラフト1位でロッテに入団。プロ1年目から一軍で登板し、先発投手として活躍。西武の主砲・清原和博選手と幾度となく名勝負を演じた。95年オフに中日ドラゴンズに移籍し、中継ぎを中心に99年のリーグ優勝に貢献。その後、01年オフにFA宣言し、読売ジャイアンツに移籍。主にセットアッパーとして安定した力を発揮し、02年の日本シリーズ制覇に貢献。08年巨人に退団を申入れ、米メジャーリーグ挑戦。テキサス・レンジャーズとマイナー契約を交わし、3Aオクラホマで活躍し、同年現役引退。
 

藤田コーチ

スポット投手コーチ

藤田 太陽

秋田・新屋高 → 川崎製鉄千葉 → 阪神タイガース ('01~'09) → 埼玉西武ライオンズ ('09~'12) → 東京ヤクルトスワローズ ('13)
 
 
高校卒業後、社会人野球・川崎製鉄千葉に入社。2年目の99年に頭角を現し、第14回IBAFインターコンチネンタルカップ日本代表に選出され、大会では最優秀防御率賞に輝き日本の3位入賞に貢献。00年のドラフト会議で阪神を逆指名しての1位指名で入団。02年にプロ初勝利初完投を記録し、03年から開幕ローテーション入り。09年に西武へ移籍し中継ぎ、抑えとして西武リリーフ投手陣の中心として活躍。13年、東京ヤクルトスワローズに移籍するも、同年現役引退。

本間コーチ

スポット野手コーチ

本間 満

駒大岩見沢 → 駒澤大 → ソフトバンク → 石川(独立)
 
駒大岩見沢高に進学。 高校3年時に春の選抜甲子園に出場するも1回戦敗退。駒澤大では春休みの練習から長打を連発し、1軍のレギュラーに抜擢される。鉄壁の遊撃手として活躍し、4年時には 同期のエース河原純一選手(巨人など)と駒澤大学の全日本アマチュア野球王座決定戦制覇に貢献し、日本代表に選出。94年ドラフト3位で福岡ダイエーホークスに入団し、00年に二塁手のレギュラーとして活躍。 03年には日本シリーズ制覇に貢献し、06年はオールスターゲームに選出。 95年から09年の長きに渡り福岡ソフトバンクホークスの選手としてチームに貢献。 NPB引退後、10年にBCリーグの石川ミリオンスターズへ入団。打点王を獲得するも、同年任意引退。

副島コーチ

スポット野手コーチ

副島 孔太

桐蔭学園高 → 法政大 → ヤクルト → オリックス
 
 
少年野球時代から日本代表として活躍。高校2年、3年の夏の甲子園に連続出場。3年生に高木大成選手、1年生に高橋由伸選手を擁して旋風を起こし、甲子園3回戦ではホームランを放つ。 法政大学時代はスラッガーとして、96年の全日本大学選手権で東北福祉大を破り日本一。同年のドラフトでヤクルトに入団。01年の日本シリーズ第4戦で決勝ホームランを放ちチームの日本一に貢献。ヤクルトで活躍後、02年オリックスに移籍し、04年現役引退。

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